アンティークなメンタム缶 Old menthol ointment can
祖父のメンタム缶
いつの時代のものか見当がつかない。
たぶん祖父が若いころに買ったもの。アンティークな雰囲気がよくてずっととってある。
ドイツ語の先生だった祖父の書斎は一軒家の二階にあり、机を中心にして壁ぞいを本棚が囲んでいた。
机の上には古いタイプライターが鎮座して、いつもドイツ語と訳語を並べて記した原稿が挟まっていた。
当時の原稿書きといえば万年筆と鉛筆と原稿用紙が当たり前で、タイプライターも打ち間違えたら赤ペンで修正を入れるのが普通だった。
私は祖父がタイプライターを打っては書き込みを入れる作業を眺めながら、部屋の隅でおとなしく本を読んだりしていたような記憶がある。
今はパソコンがあるから、画面上で何度でも修正し、なんならコンビニでプリントもできる。
祖父は原稿に関しては完璧主義だったから、何度も何度も手を入れて推敲していた。書き直しが繰り返された原稿からは祖父の生真面目さが伝わってきた。
今のパソコン事情を知ったら「便利になったものだね」と笑うだろうか。
もう祖父の家も取り壊されてしまったが、家の間取りも、書斎の窓から見えた、不意に夏の青空に膨れ上がり始めた入道雲のことも、私は忘れることができない。
(背景はダイソーのクラフト紙です)